2006年06月17日

「ロマネスクの特徴」

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スペインとフランスのロマネスクの教会の存在には、神への奉仕の他にイスラム勢力との抗争の拠点という使命があります。

イスラム勢力のイベリア半島への進出は 711年に始まり、僅か数年のうちにイベリア半島の全域に及びます。これを完全に取り戻したのは1492年。実に8世紀間の歳月を費やしています。

その間、期間は短いのですがイスラム勢力はビレネー山脈を超えて 732年にはポワティエまで侵入。シャルル・マルテルが侵入阻止に成功しなければ、その後の歴史も変わっていたかもしれません・・・

このことがクリュニー派に依る巡礼の振興・奨励を企画させ、極く自然にレコンキスタの後盾的存在となりました。ピレネー山麓のボイ谷の教会の鐘楼は信仰の象徴的存在であると同時に、イスラム防衛のための見張りという役目を果たしていたようです。

スペインのノーベル賞作家カミロ・ホセ・セラ氏の「ピレネー紀行」のなかに、「サン・クレメントとサン・ジョアンとサンタ・エウラリアの三教会の鐘楼は一直線上にある」と書いてあり、とても偶然とは思えません。小さな窓、頑丈な石積みと小さな入口や直線でない街路など、守ることを意識した備えなのでしょう。

ボイ谷の最奥のタウイのサンタ・マリア教会の祭壇画を撮影した時のこと
現在は参観料をとっていますが、2000年の二度目のおり、どなたも居られず、照明もありません。見上げるマリア様と東方の三博士のフレスコ画は薄暗く朧でした
露出時間30秒
今考えると十三世紀のロマネスクの教会の中の照明はこの状態なのだと思いました・・・
posted by 清水準一 at 11:41| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然の書き込みにて失礼致します。
ご無沙汰しております。
姪のchisato(宏二の娘の)です。

先日、ネットにて準一伯父さんの写真展についての記事を見つけ、このブログに辿り着きました。
まだ3枚の写真しか拝見していませんが、どれもステキな風景ですね。最近仕事が忙しく、イライラしていたのですが、お蔭様で心癒されました。

今後の写真と日記の方も、楽しみにしています。

梅雨の為、不安定な天気が続きます。
伯父さんもお体ご自愛下さいね。
伯母さんにも宜しくお伝え下さい。


Posted by chieto at 2006年06月17日 22:55
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Tracked: 2006-06-17 11:45
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